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高知地方裁判所須崎支部 平成6年(ワ)21号 判決 1996年3月27日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、各自金五五六七万五〇六〇及び内金五〇六七万五〇六〇円に対する平成四年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件訴訟の原因となった事故は、中学校の校舎内で被告乙川二郎(「被告二郎」という。)が友人とプロレスごっこをしているのを見た原告が、ふざけて被告二郎の背中を蹴ったことから、追い掛けられることになり、三階教室の窓から外へ逃げようとした際に転落して負傷したというものである。原告は、同級生である被告二郎とその両親、中学校の管理責任者である須崎市に対して、損害賠償を請求した。

一  〔証拠略〕によって容易に認められる事実

1  原告は昭和五二年七月一三日生まれ、被告二郎は昭和五二年一一月四日生まれで、いずれも、本件事故当時一四歳、須崎市立A中学校三年生であった。二人は同じ保育園、小学校に通った幼友達である。中学二年生のころ原告・被告二郎ら数名の同級生の間でプロレスごっこが流行していたが、原告・被告二郎同士がプロレスごっこをしていた際に喧嘩にまで発展したことはなかった。

2  本件事故は、平成四年五月二二日授業終了後、掃除の時間内である午後零時二五分ころ発生した。当時、原告は中学校新館二階、三階の階段と廊下の掃除を、被告二郎は本館の一階と二階の間にあるトイレの掃除を担当していた。

3  被告二郎は、新館二階の階段近くの廊下において、同級生にプロレス技の逆エビ固め(別名ボストンクラブ)をかけていた。その場を通りかかった原告は、同じテニスクラブの親友がプロレス技をかけられているのを見てを助けてやろうと思い、「やめちゃれや」などと言いながら、力を加減して、被告二郎の背中を足の甲で蹴った。

4  蹴られた被告二郎は、仕返しをするために、逃げる原告を追いかけ、新館屋内の階段と外の非常階段を上がったり下がったりしながら、最後には新館三階の視聴覚教室まで追って行った。

5  視聴覚教室内において、被告二郎は、何とか捕まえようとして原告を追い回し、追われた原告は、出入口脇の窓の桟の上り、すぐ下にある二階の庇の上に飛び下りようとした。その際、被告二郎は原告の背後からその腰のベルトをつかみそこね、その直後、原告が三階の窓かち地面に転落して負傷した。

二  争点

1  原告は、被告二郎に背中(腰の辺り)を押されて転落したのか。

2  学校側は、「生徒が三階の窓から二階の庇に下り立ち、そこから非常階段に飛び移る。」という危険な行為が行われているのを知っていながら、生徒らに対して注意をしていなかったのか。

3  原告が落ちた新館三階視聴覚教室の窓には、現在設置されているような防護用パイプ等の設備を施す必要があったか(国家賠償法二条の「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があったか。)。

第三  判断

一  原告が転落した際の状況につき、関係証拠(〔証拠略〕)によれば、次のような事実が認められる。

1  原告が両足を乗せた窓の桟の高さは床面から約一・一一メートル。

原告が飛び下りようとした二階の庇の幅(新館校舎の壁から庇の先まで)は約九〇センチメートル。

2  窓の桟に上がった原告の姿勢は、片手に掃除用の雑巾と新聞紙を持ち、もう一方の手で窓の桟を軽くつかみ、両足を深く曲げて、窓のすぐ下にある二階の庇に飛び下りようとする直前の状態であった。

その際、小走りで追いかけてきた被告二郎が、原告の左後方の腰のベルトをつかもうとして、つかみそこねた。

3  原告は、身体を左に向けて両足で二階の庇に飛び下りようとしたがうまく行かず、幅約九〇センチメートルの二階の庇や幅一・六メートルの一階の庇にも接触せず、放物線を描くようにして約八メートル落下し、新館校舎の壁から約二・九メートル離れた地面に両足から着地した。

4  その結果、原告は、左踵骨開放性骨折、右踵骨骨折、両足指屈筋腱癒着、腰椎圧迫骨折、腰椎椎間板変性症等の傷害を負ったが、両手、両腕には怪我をしなかった(〔証拠略〕)。

二  原告・被告二郎の警察官調書の記載

1  原告の調書(〔証拠略〕)には、転落した際の状況について、次のような記載がある。

「窓に上がるとすぐに外のひさしに左向けに飛びおりようとした瞬間でしたが追いかけてきた二郎ちゃん(被告二郎)に手で背中を強く突かれた僕は身体のバランスが崩れて前方に身体が飛んで八メートル位下に両足から転落しました。」「僕の感じでは二郎ちゃんにかなり強く突かれました」

2  被告二郎の調書(〔証拠略〕)には、原告が転落した際の状況について、次のような記載がある。

「太郎さん(原告)が窓の外へ降りようとして体がやや前向きに動いており、そこへ追いついた僕の右手がベルトを取りそこない、少し自分が走っていた勢いもあって押した形になりました。もし太郎さんが桟の上でじっとしていたなら、僕がその場でベルトをつかむなりして取り押さえることができたと思います。僕は、太郎さんが窓の桟から外側へ降りて非常階段の方へまた逃げたと思い、窓から外をのぞかず、音楽室を出た後、三階の非常階段踊り場まで行きました。そうすると、太郎さんの姿が見えませんでしたので、おかしいと思い、非常階段を降りて行きながら太郎さんを捜していたところ、一階まで降りて太郎さんが地面に横たわっている姿を見つけ、あわてて太郎さんの所へかけ寄りました。その時僕は、太郎さんが三階の窓から転落しているとは思ってもいませんでしたので、どうした?等と太郎さんに聞いていたところ、―中略―その時これは三階から落ちたと思ったのでした。」

3  なお、原告・被告二郎の取調べないし事情聴取の際、彼らの親権者の立会いはなかった。

三  原告・被告二郎の当法廷における各供述

1  被告二郎は、原告が転落した際の状況について、次のように供述している。

(一) 原告代理人の質問(「 」内は代理人の質問、『 』内は答え)

「太郎君の腰の辺りに触れたときは、手だけを伸ばして触れたのか、それとも走っていた勢いで押した恰好になったのか、どちらですか。」

『止まってはいませんが、それほど勢いはついてなく、手を伸ばして触れました。』

「太郎君を押していませんか。」

「押していないと思います。」

(二) 裁判官の質問(「 」内は裁判官の質問、『 』内は答え)

前記二の2の被告二郎の調書を読んで聞かせたうえ、

「このとおり、太郎君を押したかたちになったことに間違いありませんか。」

『私は触れたと思います。』

「押した圧力はありませんでしたか。」

『あったかもしれません。』

「太郎君のベルトには触れましたか。」

『背中左側のベルトに触れました。』

2  原告は、転落した際の状況等について、次のように供述している。

(一) 原告代理人の質問(「 」内は代理人の質問、『 』内は答え)

「窓に乗ったとき、姿勢はどのようになっていましたか。」

『片手のどちらかの手は窓の桟に、もう片方の手には新聞紙と雑巾を持って、窓の桟に両足を乗せて中腰でいました。』

「乙川君の警察での供述調書には、つかもうとしたが押した形になった旨の記載がありますが、これをどう思いますか。」

『僕は、押されたように思います。』

(二) 裁判官の質問(「 」内は裁判官の質問、『 』内は答え)

「あなたが、音楽室の窓から庇を伝って非常階段へ移る行動を取ったのは、本件事故日が初めてだったのですか。」

『はい。』

「片手に雑巾などを持って三階の窓に両足を乗せることが、怖いことだとは思いませんでしたか。」

『そのときは必死だったので、そこまで考えていませんでした。』

「本件事故で負った怪我のために入院期間中、乙川君は何回見舞いに来ましたか。」

『一回目の約一か月の入院期間中は、ほとんど毎日で、二〇回くらい来ました。二回目の入院期間中は、三日に一回くらいの割合で来ました。』

四  被告乙川二郎、同乙川一郎、同乙川春子の各不法行為責任について前記認定事実を総合すると次のようなことがいえる。

1  原告が二階の庇や一階の庇にも接触せず、放物線を描くようにして、校舎から約二・九メートル離れた地点に両足で着地したという事実から以下のことがいえる。

(一) 三階の窓のすぐ下にある二階の庇やその下のより幅の広い一階の庇にも接触しなかったということからすると、仮に被告二郎に腰の辺りを押されて落下したというのであれば、その押した力はかなり強いものであったと考えられる。被告二郎に軽く押されてバランスを崩して落下したとは考えられない。

(二) しかし、強い力で腰の辺りを押されてたのであれば、原告は、両足を窓の桟に乗せて外を向きながら腰を落としていたのであるから、前のめりになって、重い頭の方から落下し、悪くすれば頭から、良くても両手両膝をつくようなかたちで地面に着地する蓋然性が高いと考えられる。

ところが、原告の両足踵の骨折や腰椎の圧迫骨折からすると、原告は、地面に対し垂直に近い姿勢で落下して足から着地しており、これは、むしろ自ら飛び下りた場合によくみられる姿勢である。腰の辺りを強く押されながらこの姿勢で落下するのはやや不自然といえる。

2  被告二郎の警察官調書の記載からいえること

(一) 被告二郎の警察官調書には、「原告は二階の庇に飛び下りて非常階段の方へまた逃げたと思い、窓から外を覗かずに、非常階段の踊り場まで行った。」旨の記載があるが、事実そのとおりであるなら、被告二郎は、原告が腰の辺りを強く押された結果バランスを崩して落ちて行くところではなく、原告が自らの意思で飛び下りた瞬間(つまり逃げた瞬間)を見ていたはずである。また、被告二郎は、警察官調書においても、当法廷においても、一貫して原告の腰のベルトをつかもうとして、つかみそこねたと述べているが、そうであるなら、原告が放物線を描いて飛ばされるほど強く押すような力は加わっていなかったと考えられる。

(二) 被告二郎が、一階まで降りて地面に横たわっている原告を見つけ、初めて原告が三階から落ちたことを知った旨の記載が事実であるとすると、被告二郎は、原告が窓から転落することを当然に予見できるほどの強い力で押していないはずである。

(三) 被告二郎の警察官調書には、被告二郎は、原告のベルトをつかもうとした際、下を向いていて原告の姿をよく見ていなかった旨の記載もあるが、これは極めて不自然である。目の前のベルトをつかもうとするのに、わざわざ下を向きながら走って行く者はいない。

(四) 結局、親権者の立会いもない状況で作成された被告二郎の警察官調書には、被告二郎の取調べにあたった警察官の不合理な推測が多分に含まれているといわざるをえず、信用することはできない。

3  原告は、警察官調書においても、当法廷においても、一貫して被告二郎に強く背中を押された旨の供述をしている。

しかしながら、原告は、被告二郎を恨むことはなく、被告二郎が度々見舞いに来るのを快く受け入れている。転落した原因が被告二郎にあるとするなら、いかに仲の良かった友人同士であったとしても、この事故後の交流はやや不自然である。

4  原告が転落した原因について

(一) 前記のとおり、ベルトをつかもうとした被告二郎が、原告の腰の辺りを強く押したとは考えられず、原告の負傷の部位から推測しても、被告二郎が強く押したとは考え難い。また、原告が庇に接触せずに落下したことや、落下地点から考えて、被告二郎が原告の腰の辺りに触れた結果、原告がバランスを崩して転落したとも考え難い。

(二) もとより、原告が自ら地面を目掛けて飛んだとは考えられないが、原告があまりにも慌てていたため、誤って地面に飛び下りる結果になったということは、次に述べるとおり、ありえないわけではない。

(三) 原告は、三階の窓の桟に両足を乗せ、片手で桟を軽くつかむという姿勢をとっているが、これは極めて危険な状態である。

通常、三階の窓から二階の庇に下りようとする場合、両手で窓枠をつかみ、片方の脚で窓の桟をまたいで、その足を庇に着け、その後、ゆっくりともう一方の脚を引いて、身体の正面を教室内に向けながら両足で庇の上に立つという動作をとるものと考えられる。このような慎重なやり方で窓の桟を越えることをしなかったのは、原告自身かなり慌てていたからである。

また、原告は、被告二郎に追われて走っていたことから、勢いよく窓の桟に上ったと思われる。片手で窓の桟をつかみ、両足を桟の上に乗せるという姿勢になったのは、その勢いの強さを物語っている。

さらに、原告には、それまでにその三階の窓から二階の庇に下りた経験がないことをも併せ考えると、原告が、窓の桟に飛び乗って両足で二階の庇の上に飛び下りようとしたところ、窓に向かって走って行ったときの勢いが余って、二階の庇よりも遠くに飛んでしまったという可能性も十分に考えられる。

5  結局、原告が転落した原因として、被告二郎が原告の背中を強く押した、あるいは腰の辺りに接触して原告がバランスを崩したという可能性が乏しいうえ、原告が勢い余って二階の庇を飛び越した可能性も十分に認められることから、被告二郎の行為によって原告が転落したとは認められない。

したがって、被告乙川二郎及びその両親である被告乙川一郎、同乙川春子は不法行為責任(被告二郎につき民法七〇九条、その両親につき同法七一四条)を負わない。

また、被告乙川一郎、同乙川春子の原告に対する直接的な不法行為責任(民法七〇九条)を基礎づける事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

五  学校側の責任について

1  関係証拠によれば、次のような事実が認められる。

(一) 掃除の監督をしていたB教諭は、被告二郎が原告を追いかけて走り回っていた際、原告・被告二郎に対して各二回、走り回らずに掃除をするよう注意を与えている(〔証拠略〕)。当時、原告及び被告二郎は、ともに掃除当番にあたっており、この注意に従っていれば、本件事故は発生していなかったといえる。

(二) 平成四年四月ないし五月ころ、A中学校の職員朝礼の際、新館三階の窓から二階の庇に下りて非常階段に飛び移る生徒がいるという報告がなされた(〔証拠略〕)。

(三) 原告は、その本人尋問において、生徒が三階の窓から二階の庇に下りて非常階段に移るところを二、三回見た旨供述している。

(四) 原告が同じように三階の窓の外に出ようとしたのは今回が初めてである(前認定)。

2  以上の事実を総合すると、まず、新館三階の窓から外に出るという行動は、学校側が全校生徒に対して注意をしなければならないほど頻繁に行われていたとは認められない。また、掃除を監督していた教諭等には、原告が、掃除をすべきときに二度注意されても従わず、遊びを続けたあげく、三階の窓から外に出るという危険な行為に出ることまでは予測できなかったというべきである。

したがって、掃除を監督する教諭を含めた学校の教職員には、不法行為責任(故意ないし過失)は認められない。学校側としては、そうした危険な行動を取った個々の生徒に対して注意をすれば足りると考えられる。

3  原告が両足を乗せた窓の桟までの高さは床面から約一・一一メートルあり、生徒が誤って窓枠から上半身を乗り出して転落するほどの危険性は認められない。原告が転落した原因は、もっぱら原告が窓の桟に両足で乗るという極めて危険な行為に出たためであり、床面から窓の桟までの高さがそれを誘因したとはいえない。

したがって、学校側は、本件事故が発生した窓に関して、その設置ないし管理に落ち度があったとは認められない。

六  以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 臼山正人)

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